釧路ロータリークラブ 国際ロータリー第2500地区 Rotary Club of Kushiro
通 算
3534
2018-2019年度
26回 例会報告
2019年01月31日
例 会 内 容
釧路工業技術センターの役割
お客様紹介
脇 弘幸 会長
 それでは、本日、ご来訪いただきました皆さまをご紹介させていただきます。
はじめに、本日の講師としてお越しいただきました公益財団法人釧路根室圏産業技術振興センター・釧路工業技術センター、専務理事・センター長でございます、荒井誠様です。後ほど、ご講演をいただきたいと存じますのでどうぞよろしくお願いいたします。
 続きまして、今回、釧路で国体が行われていますが、広島東ロータリークラブ会員で、広島県スケート・アイスホッケー連盟の会長でもございます大中恒男君でございます。
続きまして、国際ロータリー第2500地区第7分区ガバナー補佐、小野寺英夫君。釧路北ロータリークラブIM実行委員長、佐渡正幸君でございます。お二人は、3月2日に行われますIMの開催ご挨拶のためにお越しいただきました。
今回のIM開催にあたりまして、すでに皆さんのお手元にお配りしておりますアンケートの結果をIMに取り入れ、生かしていきたいということですのでご協力をお願いいたします。アンケートの提出期日が2月8日でございますので、例会中にでもご記入いただきご提出いただければと思います。よろしくお願いいたします。
この後、ご来訪いただきました大中さんから一言ご挨拶いただきまして、続いて小野寺ガバナー補佐と佐渡IM実行委員長からご挨拶いただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
それでは、大中さんから、よろしくお願いいたします。
広島東ロータリークラブ
広島県スケート・アイスホッケー連盟 会長 大仲 恒男 様
 こんにちは。広島東ロータリークラブの大仲恒男と申します。今回の釧路国体で広島県選手団を率いて参りました。私どものロータリークラブを遙かに凌ぐ創立83年をお迎えになるのでしょうか、私どもも今年創立60周年でございますが来させていただきました。
先ほどは吉田潤司ガバナーをはじめとしまして、たくさんの皆さまおられる会に平成最後の例会に来させていただいたこと大変、光栄に存じております。
最後に、昨日は1回戦で勝たせていただきました。ところが第2回戦が横綱の北海道チームでございますので、みごとに散ると思いますが、14時からの試合へ行かせていただきますので、途中で退席するご無礼をお許し願えればと存じます。
今日は誠にありがとうございます。
釧路北ロータリークラブ
RI2500地区第7分区ガバナー補佐 小野寺 英夫 会員
 こんにちは。私はガバナー補佐を務めさせていただいています北クラブの小野寺英夫でございます。よろしくお願いいたします。隣におりますのが、今回の実行委員長をお願いしております佐渡正幸君です。よろしくお願いいたします。
釧路ロータリークラブ様には日頃から第7分区の活動に際しまして、多大なるご協力いただいておりますこと、まずもって感謝申し上げます。そして、今日この貴重な例会の時間を使わせていただけることにお礼を申し上げます。
すでにご案内のIM・インターシティミーティングまであと1か月となってきました。たびたび出てきます「平成最後」のIMとなるわけでございます。今回のテーマを「ロータリーの今を知り、確かな明日を想像しよう」といたしました。そして、足立パストガバナーの基調講演を予定しております。ロータリーのことをより良く深く知って共に考えていただく内容を実行委員の皆さまと一緒に企画しております。皆さまのお越しをお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
その他の詳細につきましては、佐渡実行委員長から説明させていただきます。
釧路北ロータリークラブIM実行委員長 佐渡 正幸 会員
 こんにちは。2018-2019年度の2500地区第7分区のインターシティミーティング、IMの実行委員長をやらせていただきます釧路北ロータリークラブの佐渡と申します。どうぞよろしくお願いいたします。私からIMについての概要とご参加のお願いということで一言お話をさせていただきたいと思っております。
本年度は3月2日土曜日、14時開会とさせていただいております。ゆっくりとお昼を食べていただいて参加していただきたいと思っております。
プログラムにつきましては、いまガバナー補佐からもありましたとおり、当クラブの足立功一パストガバナーに基調講演をいただく運びになっております。テーマが「いまのロータリーを知って、確かな明日のロータリーを想像しよう」ということで、今日、見ていますと脇会長のスローガンとピッタリ合ったテーマになったのかなと思っております。
その基調講演の中では、今現在の会員拡大・維持、それぞれの奉仕活動について基調講演をいただく運びになっております。その後、パネルディスカッションで、各クラブのパストガバナー補佐の皆さまにパネラーとしてご出席していただいてパネルディスカッションを行う運びになっております。釧路クラブからは白幡さんにご出席いただく予定になっております。
このパネルディスカッションにおきましては、先ほど脇会長からご案内ありましたアンケートを元に今のロータリーとこれからのロータリーを会員の皆さまがどのように考えているかという部分を統計化・データ化した中でパネルディスカッションを進めていくことになっております。アンケートにつきましてもぜひともご記入のほどよろしくお願いしたいと思っております。
その後、18時から懇親会を開催させていただきます。大体、終了時間が1時間半の19時半ということでスムーズに2次会の方に行けるような時間帯にしております。どうぞそちらのご出席もお願いしたいと思います。
懇親会につきましては第7分区メンバーの親睦を図ることを主目的とさせていただいております。料理は5ブースくらい設けまして、少し趣向を凝らした料理、お酒も準備させていただきますので是非ともご参加のほどよろしくお願いしたいなと思っています。
3月2日14時から懇親会含めて19時30分まで大変お忙しい中、長時間になりますが多くの皆さまにご参加をお願いしたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございます。
会長の時間
会長挨拶 脇 弘幸 会長
 お食事をされている方はそのままお続けいただき、お聞きいただければと思います。
 以前の例会の会長挨拶の中で「四つのテストの由来」についてお話させていただきました。その話の最後のところで、翻訳された「四つのテスト」に1973年に相模原南ロータリークラブの水谷暢宏さんが曲をつけたというお話をさせていただきました。今日は、その「四つのテスト」に曲がつけられた経緯をお話ししたいと思います。
まず、「四つのテスト」の作曲をされた水谷暢宏さんは、明治45年(1912年)の3月に生まれ、昭和18年(1943年)に東京音楽学校、現在の東京芸大を卒業されて作曲家としてご活躍され、日本児童音楽協会や日本作詞作曲家協会などの役員も務められた方だということです。
 水谷さんは、昭和45年(1970年)12月に相模原南ロータリークラブに入会をされます。入会当時は、玄関に飾っていた「四つのテスト」を一日に何度も眺めながら、自分も早く一人前のロータリアンになりたい気持ちで一杯だったそうです。しかし、日が経つにつれていつも見ていたはずの「四つのテスト」に何が書いてあったのか、とっさの時に浮かんでこないことがあったそうです。
 水谷さんは、「これではいけない。もっとしっかりと覚えるにはどうしたらいいのだろうか」と考えたそうです。そこで、この「四つのテスト」に曲をつけることを考えます。「四つのテスト」に曲が付けられたのは、暗唱できるようにするためだったということです。確かに曲がついて歌になっていると考えなくても言葉が出てきます。
 その頃、水谷さんは相模原南ロータリークラブの初代会長から「クラブのために何か1曲作ってほしい」と依頼を受けていたそうですが、適当な詩が見つからなくて、1年ほど時間が経っていたそうです。そんなこともあって「四つのテスト」の歌は、クラブの歌として作曲したつもりだったそうです。
 それが、同じ年の1973年11月に甲府市で開催された、当時の第350地区、現在の第2620地区の大会で発表をすることになり、さらに「ロータリーの友」にも楽譜付きで紹介されて、その後全国に広まっていったということのようです。
 この経緯を調べていると水谷さんのほかにも「四つのテスト」の作曲をした方がいました。東京西ロータリークラブの会員で、皆さんご存知だと思いますが「丘を越えて」や「東京ラプソディ」、「青い山脈」などのヒット曲があって、国民栄誉賞も受けられた、歌手の藤山一郎さんです。
 1977年に「四つのテスト」の作曲をされていて、1988年6月号の「ロータリーの友」にも掲載をされたそうですが、全国的に歌われているのは水谷暢宏さんが作曲した「四つのテスト」のようです。
 この「四つのテスト」のお話をさせていただく中で、何度か「四つのテスト」を読み返していると、そのひとつひとつは、当たり前というか、当然のことが書かれていると思います。この当然のことをどんな場面でも実行していくというのは、なかなか難しいところがあると思いますが、これからも会長として、この「四つのテスト」に照らした言行を行っていきたいと思うところでございます。
 話しは変わりますが一点、お知らせをさせていただきます。今月の28日から来月2月1日の日程で2500地区の姉妹地区である韓国と行っております青少年交換事業で、帯広北ロータリークラブがホストとなって、現在4名の高校生が来られています。その事業に当クラブの邵直前会長が通訳として頑張っています。今日もその事業のお手伝いで行っているということで例会は欠席でございますが、邵直前会長にお会いしましたら、「ご苦労さま」と言葉をかけていただけたらと思います。
 以上、今日は「四つのテスト」の作曲についてお話をさせていただきまして、会長挨拶とさせていただきます。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
本日のプログラム
釧路工業技術センターの役割
プログラム委員会 委員長 日理 一哉 会員
 プログラム委員会です。本日は、釧路工業技術センターの荒井センター長様より「工業技術センターの役割」ということでご講話いただきますので、よろしくお願いいたします。
公益財団法人釧路根室圏産業技術振興センター
釧路工業技術センター センター長 荒井 誠 様
 それでは、時間も押しているということなのですがいろんな話をしたいと思います。今日のお題は「釧路工業技術センターの役割」ということです。実は「工業技術センター」、これは釧路市が付けた名称でありまして、建設の際には国・道からの補助金をいただいております。その際に「釧路のみならず根室地域の産業支援をやるようなセンターにしなさい」ということで、こういう名前がついております。さらに今日、ご紹介いただきましたように、公益財団法人という長い名前がついています。これはどういうことかというと、今、このセンターの中で3つの名前が動いていることになると思います。
 それでは、話を進めさせていただきます。今日は釧路工業技術センターがどういうことをやっているかを主にお話をしたいと思います。
 自己紹介ですが、昭和27年生まれの釧路っ子であります。今は無き東栄小学校・弥生中学校出身でありまして、当時は悪たれボンズがいっぱいいることで有名な所でした。弥生中学校に至っては、1年から3年まで11クラスという時代。ベビーブームの名残の残っているところで勉強させていただきました。その後、釧路工業高等専門学校(高専)に入って、卒業後1年ほどNECの関連会社に勤めましたけど縁ありまして高専に戻ってきて、それから40数年ずっと定年退職まで務めています。最後は27年3月に定年退職しましたが、副校長で教務主任、いわゆる教頭という仕事を仰せつかってやっておりました。
 教育・研究に関しては主に機械工学におけるコンピューター利用ということで。実は、2か月前にこの話をいただいて、コンピューターの話、最近よく言われているAIやIoTなどのお話をしようかと考えていたのですが、難しい話ではなくて実は釧路工業技術センターは釧路市内、あるいは根室管内の方々に意外に知られていないこともあって、毎年、うちの産業支援コーディネーターが500社を回っています。その中で集計してくると「利用したことがない」「名前だけは知っている」「名前すらも知らない」というところもあります。ぜひとも、これを機会に釧路工業技術センターはなんたるや、何をしているのかということを分かっていただければありがたいなと思っております。
 さて、釧路工業技術センターはいつできたかというと、今から17年前、平成14年10月です。その以前から話題になっていました釧路地域の技術。特に鉄鋼・造船・木工といわれる経営者の方々が、将来が不安である、先行きが見えない、そのためにどういう技術を残して、われわれは何をすべきか、とずいぶん悩まれていました。やはり、いろんなことを勉強するうえでは常に中央に行かなければいけなかった時代も続いていました。そこで釧路市内にぜひとも技術の産業支援をできる機関を作ろうと始まったわけです。
 一番大きいのは平成8年の「200海里」というところです。バブル崩壊から始まっていろんなことがありました。やはり、釧路市内の産業構造の変化が起きてきたわけです。今までは重厚長大から軽薄短小、あるいは大量生産から多品種・少量生産というような方式に変わってきました。例えば、お魚もそうです。たくさん捕れる時代がだんだん見通しが暗くなってきたところに入る。当然、それに関わる鉄鋼・造船関係の方々は相当な危機感をもっていました。
 そこで何が大事かというと、当然、それに見合うだけ、あるいは外に売っていけるだけの技術や技能を高度化することが大事なことです。それともう一つは、それを行うために優秀な人材が必要なこと。それから今までは、狭い組合・組織の中で動いたものをもう少し違う方々とお話をしてお力を借りる、あるいはコンピューターを利用する。そのために核となる施設が欲しいということで釧路工業技術センターが作られたわけです。
 具体的にいうとこういうような新産業・新技術の創出。今も言われています人材不足。ライフラインの整備、これも最近話題になっています。それからTPP、鮭・鱒規制、防災強靱化、このようなたくさんの課題の中でいかにして企業の皆さまが生き残っていかれるか、そういうところに何か良い目標なり、タームを見つけながら探っていく。あるいは皆さんが考えている新しいこと。あるいは人よりも優れているものを掘り起こして釧路ブランドをどんどん作っていこうというのがわれわれの仕事です。
 釧路市の条例ではこのように当たり前のことしか書いておりませんけれど、技術開発をやっていく核になる施設になるということです。あとは事業としていくつかの支援事業をやれということです。
 3番目の名前が出てきます。14年10月1日に開館したのですが、運営をどうするかということで、これ民営です。民営・公益財団法人釧路根室圏産業技術振興センターという組織が新たに作られ、それによって指定管理者となる。つまり請負をしながらここのセンターを運営していくことになっています。それで先ほど言いましたように三つの名前を持っているということに至ったわけです。
 もう一つは、国・道からの力をいただくためには釧路のみならず根室圏までということで、われわれが産業支援・技術支援を行っている範囲が南は音別、北は羅臼までです。どこに行くにしても、来られるにしても、数時間の時間を要するということ。ただ、それ以前は、皆さんは札幌の工業試験場、あるいは食加研(ショッカケン)という食品加工センターに相談なさっていました。それに比べるともっと利便性が高くなったかと思っています。そういう意味で、この広域なところで何とか技術支援をしたい。
 施設概要はパンフレットを参照下さい。1階は技術関係の機械設備・その他が入っています。2階は会議室等々を貸し出しています。2階に120人が入れる会議室がありますので、比較的安いかと思いますのでご利用いただければと思います。
 設備はこういうようなもの。結局はコンピューターを使ったような制御をして、精度のいいものを作るということ。これはやっぱり要求度が非常に大きかったです。これを入れたがうえに、地元の企業さんに高価な機械がどんどん入るようになりました。ガスレーザー加工機というのがありますが、大きい鉄の板、ステンレスの板などをカッティングする機械です。1台5,000万円位するのですが、これがすでに釧路市内の数社に入って稼働している。つまりここでやって使えることが分かったので自社に入ってくることになります。
 それから6軸NCルーターこれは木工加工用のコンピューター制御の機械であります。これも同様にして開設当初から入れたいという要望があって入れました。実際に自分たちの仕事の中に、毎日の事業活動の中に入れ込んでいけるのか、実際にそれをOKになったのです。つまりこれほど簡単にできる機械はない。あるいは大量生産、精度が良いということで、これも数社入っています。このようなことで新技術がある、新しい機械がある、ということで、目にする・使うということで実際に自分たちが使うことができるということにつながってくるわけです。
 そこで先ほどご紹介しましたように民間で迂回していますので、公益財団法人釧路根室圏産業技術振興センターという組織をいただきまして、理事長は商工会議所の会長にお願いして何とか運営しております。やることはここに書いているとおりです。後ほど、お手元の資料をご覧いただければと思います。
 組織は指定管理者制度というところで、釧路市から年間約1億円いただいております。「1億円を超えるな」と釘を刺されていますが、その他の補助金として約4,000万稼いでおります。そのうち約半分が人件費で、残り半分が施設設備の維持管理費といろんな事業活動を行うために使っております。組織はこのようになっていますが、それだけのお金を動かすだけに、大きな組織、中規模な組織と思われるかもしれませんが、技術関係の担当者が私を含めて8名です。その他に経理・総務担当3名、先ほどご紹介しましたいろんなニーズの掘り起こしを行う産業支援のコーディネーターが1名で、合計12名で運営をしております。
 今年度30年度の事業方針は毎年リニューアルして地元のニーズに応える、あるいはわれわれがこれから必要だということを掲げております。その事業方針に基づいて行っております。
 1番目は、普通の地場産業の高度化と新産業の創出、販路拡大というところ。2番目がまさにいまやっているところで、ここ数年、鮮度保持技術や食関連機械技術の高度化に取り組んでいます。それとそれに関わるIoTとロボット技術を上手く使っていこうと。最後は、最近よく言われている人材不足。人が足りない、では人をどうやって活用していくのか、そのためにどういう仕組みが必要なのかを考えることで、今やっております。
 さて、29年度、1年前はこんな利用実績があります。ただ、問題点もありました。いろんな目標を掲げながらやはり16年も経つと機械が老朽化する。そのたびに壊れてしまうのでメンテナンスにお金が掛かる。それからパーソナルコンピュータをいっぱい使っていますがほとんどWindows7で、もうサポートが終わってしまっている。こういうことが問題になって、それをひとつずつ解決しながらやっていこうと。ただ、ハードウェアの更新等々は望めません。ではどうやるかというと、やはりソフトにならざるをえない。最近、私が考えているのは、他の外部の支援機関と連携を強化しながら、自分の所でできないところは他の所へお願いをする。あるいは他の所から人に来てもらう。お手伝い的なみたいな成果を出して行こうということです。
 どんなことを最近やっているのかをお話します。ひとつは、釧路は何の技術で売って行けるのかを考えました。ここに書いています、鮮度保持技術。つまり氷を使う技術は日本国中で使っても釧路根室圏の中では非常に高い技術要素を持っています。それをもっと利用しようというわけです。
 お魚の鮮度を見分けるのはご存じかと思います。まぁ、目利きが良い、ピンとしていれば当然鮮度が良い、「活きが良い」と言います。それを定説的に扱うと、シッポのところがどのぐらい垂れていくかによって鮮度が決まってきます。それを維持するためにいろんな氷を使う技術が釧路市内にあるわけです。それをもっと高度化しよう、さらにはもっと外には売り出して行こうということです。
 では、そのために何が必要かというと、いま話したように定説的な誰かが目利きをする、感じで分かっているようなものを定量的しないといけない。数値に表すことをやっている。数値に表すとはどういうことかというと、機械で計るのです。機械で計るのを日本中探してきました。東北大学のある先生がその技術を持っていました。それを使って鮮度チェッカーという機械を作っていただいて、それを皆さんに使っていただこうとやっています。
 もうひとつが、鮮度技術を海外にももっと使っていただこう。JICA(ジャイカ)の事業を使って、ベトナムに機械を持って行っています。これは3年位やっていますが、釧路市内の「STテクノス」「昭和冷凍プラント」「ニッコー」、新聞等々で名前をよく聞くところだと思います。この3社が持っている冷凍技術、あるいは衛生保持技術を海外に持って行くこと。まずはベトナムに使っていただこうと、昨年の春に機械を持って据え付けを終わっております。非常に評判が良いです。
 ただ、向こうでは鮮度が良いことが高い買い物になる、商品として売れるかというと決してそうではないのです。いわゆるお寿司の文化はまだ深く知れ渡っていない。多少なりとも熱を加えれば腐っていても食べられるものは食べられる、そういう文化なのです。その文化をどうやって変えて行くか。鮮度保持した技術で出来上がったものが高く売れるということが分かっていただきたいと、釧路市と連携をしながら毎年のようにベトナムに行っています。
 それとマイクロ波による混入異物装置ということで、これは新しい技術を考える。簡単に言うと、鮭フレークに人の髪・骨、今までは計ることができませんでした。それを計る技術を「ニッコー」さんと「産総研」というところでやっています。今までの方法でX線あるいはもっと周波数の高い電波を使う方式より、マイクロ波を使ってやるというところが大本見えてきましたので、あと1年。この31年度には商品化をして世界に出していけることになると思います。
 それから新聞等々でご覧になっているかと思います、アイヌの工芸品を新たな商品開発を行うということで、主に「木」というテーマの中でやっております。魚箱の再利用等々です。このようなアイテムを売っていくということで、工芸品の付加価値化を高めようとやっています。
 当然、その結果をPRする。販売促進ということも言えます。ですから、開発商品のPR、拡大事業ということで、まずは木に関しては今日も東京で「木コレ」をやっていますが、これに参加して、一緒に何社かの企業さんの製品等々を持って共同出店しています。
 さて、だんだん時間がなくなってきたので、最後にもう1点だけ言いたいのは、これから取り組もうとしているところです。先ほど、私が何度も言っていますとおり、地場・地域には人手が足りません。足りないとはどういうことかと。
 当然、皆さんが付加価値を上手く稼ぐにはどうしたらいいのか。先日、北大の名誉教授が講演していただいた機会があって、その中でこんな話がありました。ここに書いています、「地域資源」=「物資的」?「人的資源」。つまりどういうことかというと、今までの地場から取れていた生物資源を使って、人間が手を加えて、つまり足し算の世界だったと。それで付加価値をつけて、地域の資源として世の中に出して行った。これをもっとかけ算にしよう。つまり少ない人数を使って物的資源つまり取れるもの、あるいは取れるものが少なくても高い人的資源、つまりかけ算の関係が成り立てば、もっと地域性が高く評価されるだろうということです。こういう取り組みをしましょうと今やっているところです。
 具体的にどんなことをやっているかというと、食品生産現場・自己診断システムというのがありまして、それで自己評価をしよう。自己評価をするとレーダーチャートが見えてきます。そこで企業さんの弱いところ、強みをハッキリして、われわれがそこの支援に。弱みを是正する、あるいは強みをもっと高いものにする、と繰り返し繰り返しPDCAを行いながら良い会社作り、良いシステム作りづくりをしていこうということです。
 その他にもう少し高度な機械類のセミナーをもっと皆さんの技術力をアップしようということをやっています。
 最後ですが、この2日・3日、釧路の冬まつりの際に地場工業展示会を開催しております。2年に1度ですのでわれわれが関わっている企業の皆さんと一緒に地場の技術力はどのようなものかをご紹介したいと思います。キャッチフレーズが「半端ねぇ、これが釧路の底力」としております。大阪じゃありませんが、ぜひとも皆さん2日・3日、時間を取られて足を運んでいただければありがたいと思います。
 ということで雑ぱくな話になりましたが詳細等々は資料をご覧いただければと思います。
 私の大変拙いお話でございましたが、先ほども言いましたように教員生活が長くて、このような皆さんの前でお話する機会がなくて、いつもいつも学生を叱る、人を褒める行動を知らないままに教員生活をやってきました。そういうところでこういう機会いただいて本当にありがたく思っています。
 ぜひとも、私も、それからここにいらっしゃる方々も釧路根室圏、あるいは北海道・国が発展していくのを皆さん強く望まれていると思います。ここに書かれていますように技術相談、事業化等々のお話、あるいはご相談がありましたらぜひとも。うちができなくても中央に繋がる連携をとりながら・・・

録音が切れました。 録音面切り替え中

録音再開(講演終了)
会長謝辞 脇 弘幸 会長
 荒井センター長におかれましては、お忙しい中ご講演をいただきまして、誠にありがとうございました。また、今日は講演の時間が短くなってしまい、お詫びを申し上げるところでございます。 お話の中で、その活動が非常に多岐にわたっていることがよく理解することができました。荒井センター長におかれましては、今後とも釧路・根室地方における産業技術の向上、そして地場産業の発展のためにご尽力いただければと思います。 本日は貴重なお話をお聞かせいただき、誠にありがとうございました。


閉会・点鐘
その他の報告
ニコニコ献金
お名前(敬称略)内     容
大中 恒夫第74回冬季国体釧路大会へ参加し創立82年の釧路RCへメーキャップに来れたこと感謝いたします。(広島東RC)
萩原 国彦SLの冬の湿原号運行スタートしました。安全運転を決意し献金します。
吉田 潤司国際協議会、無事終わりました。皆様の心遣い大切にしてこれから頑張ってまいります。
今年度累計 843,000円