釧路ロータリークラブ 国際ロータリー第2500地区 Rotary Club of Kushiro
通 算
3515
2018-2019年度
07回 例会報告
2018年08月23日
例 会 内 容
釧路地域の可能性
ご来訪ロータリアンとお客さまのご紹介
脇 弘幸 会長
 それでは、本日のお客さまをご紹介させていただきます。本日、講師でお越しいただきます釧路公立大学の中村研二さんでございます。後ほどご講演いただきますのでどうぞよろしくお願いいたします。 もう一方、本日、ご来訪いただきました国際ロータリー第2630地区岐阜城ロータリークラブ・澤田善吉君でございます。澤田さんは今月、釧路にお越しいただいてひと月滞在されるそうです。釧路には20数年、長期滞在で来られているということです。せっかくですので、澤田さん一言ご挨拶いただければと思います。どうぞご登壇いただいて。
国際ロータリー第2620地区 澤田 善吉 様
 皆さま、こんにちは。昨年は私を含めて3名がこちらへお邪魔いたしました。昨年のガバナーは成瀬さんとおっしゃいまして、岐阜の隣の愛知県犬山市の犬山城のかつての城主の血族の方でした。私もここでお邪魔して、偶然お会いして大変感銘を受けております。犬山の城主は今現在、城主とは言わなくなりましたが、いわゆる個人持ちのお城・国宝で個人持ちでしたが、管理・その他もすべて財産も犬山市に寄贈されまして、現在は女性の成瀬淳子さんという方がお城の中にお住まいです。淳子さんによりますと、収蔵品を修繕していらっしゃるとか。「刀剣一本を研ぎに出すと私の一年間の給料が無くなる」と。こういったことで古文書・その他いろいろたくさん、今でも整理をなさっています。 私も親しくさせていただいておりますので、特にここでガバナーが成瀬さんだということで驚愕した次第でございます。
 昨年に引き続いて今年もまいりました。来年のことは誰も分かりませんが、神のみぞ知るというか、寿命が。私も43年ロータリーやらせていただいております。今83になりましたので、体力もずっと落ちましたので、来年を期して皆さんとお約束することは不可能かと思います。そういっていると本当に死ぬかもしれません。どうぞお願いいたします。
会長の時間
会長挨拶 脇 弘幸 会長
 改めまして、こんにちは。先週はお盆期間ということで休会でしたので、2週間ぶりの例会ということになります。その間、先週の土曜・日曜になりますが「全道中学親善公式野球大会」が開催されました。この大会の開催に向けて青少年奉仕委員会の佐藤委員長はじめ、委員会のメンバーの皆さまが本当にしっかりと準備をしていただき、当日も駐車場の誘導、また会場への誘導、そして開会式や閉会式の進行などしっかりと対応していただきましたので、滞りなく終えることができました。そして当日は多くのメンバーの方にグランドまで足を運んでいただきまして、大変ありがとうございました。
 大会の結果ですが、決勝は北見リトルシニア球団と日高リトルシニアの対戦となり、北見リトルシニアが優勝となりました。地元の釧路リトルシニア球団ですが、一回戦の札幌真駒内には勝利したのですが、続く試合の日高に残念ながら敗れまして、前年度に引き続きの優勝ということにはなりませんでした。
 この大会、来年は第10回目という節目の大会となります。日程の検討、会場の確保など課題はありますが、その辺をしっかりと考え良い大会になればと願うところでございます。
 話は変わりますが、前回の例会が「釧路ロータリーに入会して」ということで何名かの方にお話をいただきました。その中で「例会の時に歌を唄うというのが、なかなか馴染みがなく、少し違和感があった」というお話がありました。
 そこで、今日はロータリーソングについて少し話をさせていただきます。1905年にシカゴでロータリークラブが誕生した時は、奉仕と相互扶助という目的の中で進められていました。それから数年経って、ポール・ハリスが会長になった年に社会奉仕というものに方向性を変えていきます。当時、クラブ内では「これまでの親睦というものをしっかり進めるべきだ」というグループと「社会奉仕を推進していくべき」というグループで色々と意見の対立があって、例会の雰囲気も悪くなっていったそうです。毎回、色々な議論が交わされている中で、これでは雰囲気が良くないし、このままではクラブがバラバラになるということで、例会で雰囲気が悪くなったら歌を唄って親睦を図り、団結をとりもどそうということで取り入れられたそうです。それが毎回続いて慣習になって、今に引き継がれているということです。当時は、ロータリーソングはなかったそうで、その時に流行っていた歌をその都度、歌っていたそうです。
 今日の例会でも「我等の生業」唄いましたが、では日本のロータリーソングはどうなのだろうということで少し調べてみました。1920年に東京ロータリーが創立されますが、その当時は英語のロータリーソングをいろいろ歌っていたそうです。それから10年が過ぎて1930年に「日本語のロータリーソングを作ろうじゃないか」という意見が上がって、神戸の年次大会で「日本語のロータリーソングを作る」ということが採択をされて、ロータリーソングが募集されます。それから5年後の1935年の京都大会の時に入選したロータリーソングが発表されます。それが「奉仕の理想」と「我等の生業」ということになります。その後にも「手に手つないで」など、いろいろな歌が採用されて、それらが今、歌われているということになります。
 要は、親睦や団結を図るために歌を唄ったということですから、釧路クラブの中にも歌が上手な会員がたくさんおります。また、工藤彦夫君という名司会者もおりますので、楽しく歌を唄いより親睦を深めてクラブの団結を図っていくことができればと思うところでございます。
 今日は「ロータリーの豆知識」を少しお話しまして、会長挨拶とさせていただきます。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
本日のプログラム
釧路地域の可能性
プログラム委員会 委員長 日理 一哉 会員
 お疲れさまです。本日は釧路公立大学の地域経済研究センター、センター長・教授の中村研二様をお招きして、この釧路の魅力や課題など可能性の部分からお話いただけると思いますのでよろしくお願いいたします。それでは中村研二様、よろしくお願いいたします。
釧路公立大学地域経済研究センター長 中村 研二 教授
 皆さま、こんにちは。釧路公立大学の中村です。今日はお招きいただいてどうもありがとうございます。
 それでは「釧路地域の魅力と課題」という形で少しお話をさせていただければと思います。
 まず、私なのですが、皆さんこの釧路でビジネスされている方で、私がここにお示ししたとおり、もともと釧路の人間ではなくて埼玉県の春日部といって、「クレヨンしんちゃん」の故郷なのです。"クレヨンしんちゃんと共に育った"よりは年齢が上なので、クレヨンしんちゃんの先輩にはなります。
 日本政策投資銀行は、昔をご存知の方いると思いますが、北海道東北開発公庫といって、地域の開発政策金融機関がちょうど道東経済センタービルに釧路事務所があって、いま人はいませんが、ありました。そこからずっときて、その後、日本経済研究所という付属のシンクタンクに行って、今年の4月から釧路公立大学の地域経済研究センターに。釧路公立大学の地域経済研究センターは、小磯元学長がもともと作られたところで、地域の課題に対応する形で、小磯初代センター長、その後のセンター長の皆さまが頑張られている中で、次に私が今年4月に来たばっかりなのです。先輩が大き過ぎてどうしようかと思います。これから頑張って行きたいと思います。
 今日、お話させていただくのは、ビジネスされている皆さんが一番お詳しいのですが、私も地域開発関係でずっといろいろ地域を、外を回って、こちらに来て気付いたところ。また、外からの目線という形で、実際にはビジネスを進行している皆さんからすると、これからよろしくお願いしますというところなのですが、外からの目線という形で少しお話させていただければと思います。
 私も釧路の勉強しようとしていて、釧路市の経済規模を数字から見ると、まず2012年ですが、昔なのですが道内全体の7兆のうち釧路地域の付加価値で見ると2411億円、3%という形になっています。札幌などはGDPでも大きいですが、その中で「釧路の産業構造の中で一番重要だ」といつもわれわれの銀行やシンクタンクで、まず数字の整理をする時に、釧路の場合もともと紙パを中心とした製造業、それから卸・小売りとか医療・福祉、特に卸・小売りとか医療・福祉というところは当然、従業員の雇用者というところで非常に貢献しています。グラフをバブルチャートにしてみると、縦軸が付加価値率で横軸が就業者数で見ると、DRP、付加価値は別として、やっぱり雇用が多いのは右側の卸・小売りなのです。それから内需型なのだけれど医療福祉は当然、人を使うので付加価値は既に高いけど、非常に人を雇っていると。もともとの製造業が白い所ですね。サービス業、宿泊・飲食業があって形になっていて、もともとの製造業があるんだけれども、これから域内・域外から考えると、外から稼いでくるところはもともとの製造業の他にこれからの釧路の場合はインバウンドというところで、宿泊と飲食・サービスの部分ですね。あとはお土産物の卸・小売り。やはり、付加価値はかなり低いですが、その辺はかなり大切なのだなと思っているところです。
 これは街づくり基本構想から取ったのですが、そういう釧路市さんですが、人口で見ると蝦名市長も同意なされているとおり人口の社会減が多くて、22万から17万まで来ています。これは当然、太平洋炭鉱が閉山したり、いろいろな部分あると思います。
 その中で道内都市、これはまだ国勢調査の時なので、まだ帯広市に人口が抜かれていない時です。小樽市ほどではないですが、人口減少の率としては非常に高い。どうしてそうなのだろうか。どこに人が流れてしまったのかという話を国勢調査の数字で見てみたのですが、この前の国勢調査の中で釧路市が真ん中です。
 釧路市は、全体で転入が15,000人で、転出が18,000人というところで、3,480人が社会減、自然減でなくなったのではなく外に行って少なくなったと。それを見ると、札幌に行かれた方は1,825人、これはしょうがないでしょう。それから東京の150人というのも転入・転出で大学に行くとか就職などもあるでしょう。
 私が、あぁそうなのかと思ったところは、帯広と苫小牧。帯広から釧路市への転入が750人で、帯広市に行ってしまったのは1,118人です。366人帯広に行っちゃいましたという純減なのです。苫小牧も転入が247人だけれども、転出が345人ということで苫小牧にも98人行っちゃったという形です。
 東京都と札幌の大学進学はそうですが、今はトヨタだとかで、札幌・北海道の玄関口として、物流の部門もあって景気の良い苫小牧と。もともと元気がいいと言われている帯広に大学進学以外の部分で出てきていて、そうすると釧路の魅力や釧路の雇用の場というのか、勢いがむしろ帯広に脅かされている部分があるのではないだろうか。この辺も数字から見ると、非常に大きな問題かなと思っています。
 釧路はそういっても道東の中心都市なので、何か言っても根室や他の釧路管内など北見も含めて人が集まって来たりする。ただ、管内の中で釧路町の場合はベッドタウンになっていますから、釧路町に関しては転出増です。それを除けば釧路に転入しています。そういう形で帯広と苫小牧に社会減で人が流れているのが大きな動きなのかなと思っています。
 そういう釧路の構造は皆さんご存じのとおり、中心部は橋北・鉄北・橋南で大幅に人口が減って、大楽毛・鳥取、もともとベッドタウンの愛国地区が増えていくという形で郊外化している。そして、郊外化していて都市機能がどうなっているのかは、非常に見にくくて一番下に釧路市があります。
 何をやったのかというと、人口が15万から25万人の全国の都市圏で考えたのですが、都市圏で考えた時に社会減しているのか、社会増しているのか。これは私が10数年前にやったので今は違っていると思いますが、その当時は、釧路はかなり調子が悪いときで一番下になっています。
 今は都市機能が充実したりしている所だと人が集まって来るけれども、この当時はそういうことがあるのだけれども難しい時だったと。
 ただ、釧路市のところに黒い丸ふたつ付けていますがこれは何かというと、都市機能というのはBのところでレジャー・サービス・飲食とかいろいろな機能ごとに分割をして、どういう機能がその地域にたくさんあるのか特化係数という形で、全国の構成比よりどのくらい多いのかを調べたものです。すると釧路市は15万から25万人の全国都市圏の中で上位の25%に入るような2番・飲食というところと13番・地域サービス。これは物流とか。当然、港湾都市なのですが。飲食の部分と物流のところは非常に充実しています。
 それで、私も来て感じたのですが、中心市街地で小売りの部分だと非常にキツいですが、夜の飲み屋などではもともとの規模が大きくて、今も新しいフレンチやイタリアンなど、チェーン店でないところが開業。いまは中心市街地の部分で難しいので空き店舗があるようですがそういうのを利用した形で「最初は例えば赤提灯横町でスタートアップしたような方がビジネスをされている」と、よく新聞にも出てきます。そういう形で飲食の部分が魅力を語る上で大きな話なのではないかなと感じているところです。
 釧路地域の今後の課題というところで、私が今感じているところを少しお話しさせていただければと思います。当然、釧路地域の課題として人口の長期低落のスピードは非常に速くて、苫小牧市にも市レベルの人口で抜かれた。当然、これは釧路市の減少があるのだけれども、周辺市町村も少し厳しい部分もある。むしろ帯広市というと帯広市の「街・人・仕事の構想」にも書いてありますが、むしろ20代から30代のところで人口の社会増が起きていて、これは当然、帯広のビジネスがあるからというところです。そこが少し普通の地方都市と帯広が少し構造が違っていて、逆の立場から見ると、先ほどお話したように釧路から帯広に人口移動していると。札幌や東京ではなくて帯広に吸収されている部分もあって、そこに差が出てきている、当然、農業の話などいろいろなことがあるだろうと思いますけど。
 もうひとつ、苫小牧にも人口で社会増で行ってしまっている。苫小牧はトヨタが立地して、ずっと全体のゲートウェイとして札幌に近い部分があるのだろうけど、帯広との関係は非常に考えないといけないのかなと思っています。旧来の基幹産業の衰退の中で当然、石炭はもともとですが、紙パもいろいろ難しい部分もあっての中で、観光立国のショーケースや満喫プロジェクトという形で観光の部分。
 こちらに来て私はびっくりしたのですが、釧路市内、釧路地域でいうと「乳価が高いということで非常に酪農業が儲かっている」と皆さんにお伺いをしていて、私は全国の市町村を仕事で回っていて、本州の米作中心の地域でいうと厳しくて「過疎化が進んで、しいです」という話で、「米から転換すればどうですか」という話なのですが、こちらに来て周辺の8市町村を回ったときに、皆さんがおっしゃるのは、特に酪農をやられているような地域にお伺いすると「今、乳価が高いし景気が良いのだ。それで仕事もたくさんあるんですよ。ただ、労働力が不足しているのが問題なのだ」と、むしろ「あまり仕事がキチキチで、低賃金の労働者がいなくて」というのを良く聞きます。が、「儲かっているのだけれども難しい」というのは全国の地域でも非常に珍しいなと思っています。
 そういう地域だけどポテンシャルが高くて、ビジネスチャンスがあって、儲かっているんだという所は、地元だとみんな分かっているのですが、全国ではあまり分かっていない部分があります。そういうところは今後、いろいろ議論する必要があるのではないかなと思っております。
 お伺いした中で「酪農や水産は外国人労働者の皆さんに頼って頑張っているんですよ」という話をお伺いしていて、ここも論点なのかなと思っています。
 あとは中心市街地の話ですよね。中心市街地の話で住んでいる方だとあまりお気付きにならないと思いますが、住んでいて車に乗って買い物もできるし何の不自由もない。だけど、長期滞在だとレンタカー借りたりしますが、そうじゃない場合、出張で来る方とか観光客だったらなかなか地元で物を買えない。宿泊はできて美味しい食べ物屋さんはあるけれども、物が買えない。私が最初、赴任したときに荷物が届かなかったので1週間くらいホテルに泊っていたのですが、そこで、買い物ができないといのは非常に厳しくて。
 例えば、いまクルーズ船で釧路にいろんな人たちが来ますが、結局、買い物する場所がほとんどないから、コンビニで何か買って帰る。飲食も夜しかやっていないから。そうすると、その部分は非常に厳しくて、地元のための都市機能は充実していますが、外から来た人たちのための都市機能はこれから考えていく必要があるのではないのかなと思っています。
 最後に魅力という形でまとめさせていただきました。17万人の都市圏は、もともと22万人おられたので過去のレガシィというか、非常に都市機能としてはいろんなサービスや飲食など充実していて、帯広は経済圏が違うから、観光するにしろ何をするにしろ道東だったら釧路しかない。それはかつて銀行がいたときに作られた都市機能が充実していて、それが釧路湿原とか根室の方に手つかずの自然・丹頂を見に、野鳥を見に行くとかにしてもすぐアクセスができる。というのは、世界的なレベルで見ても、自然と都市機能が隣り合っている所はカナダだったらバンクーとかがあると思います。日本で本当に残された自然と充実した都市機能が近くにあるのは釧路ぐらいしかないと思っています。その辺のところは非常に可能性があると思います。
 あと今年、東京に行かれた皆さんはご存じだと思いますが、夏の涼しい気候。暑くてしょうがないという日本でみんな暮らしにくいですが、日本で唯一、ここだけは涼しくて過ごし易い所があると、この釧路・道東地区の話がバンバン出ていて、私の東京の友人も「釧路が涼しいのを初めて知った」と。皆さんは札幌に住んだことがあると思いますが、札幌だと夏は十分暑くなりますから。その中で釧路の涼しさ、特にこんな環境になると、そういう部分というのは非常に可能性があると思っています。
 今後の可能性として夏の涼しい気候が話題になったので、もともとのサテライトオフィスを含めて誘致のことでは、徳島県さんはサテライトオフィスという形を誘致して非常に成功しています。徳島は、自然はありますがぜんぜん涼しくないです。そういうのを生かした長期滞在では、徳島は県庁レベルで頑張っています。サテライトオフィスから支店を開いてもらって、というと来られるレベル、ビジネスの業種があるかと思いますが、そういうのがあるのかな。
 あともうひとつは、観光の交流人口拡大の話なのですがその時に、外から来た人たちがビジネスができるような環境。ニセコだったら、もともとのニセコに外国の方が来られてビジネスをされて。それがオーストラリアの方だったからオーストラリアのカンタス航空だったり、スキー場もオーストラリアが入ったりしているみたいに、これを生かす地元のビジネスもそうですが、外からせっかくの観光資源を生かせるような、ビジネスするような人たちを誘致するようなことをできないかなと考えたり。
 あとは、お話した充実した都市機能があるので、それをベースにやっていくと非常に可能性があると。日本の他の地域というのは、どちらかというと経済が厳しいときに、むしろ移民を出したような所です。北海道はフロンティアでいつも人を受け入れてきて、まだ人を受け入れるポテンシャルがあって、今は酪農にしても観光にしても、これから可能性を秘めたり儲かったりする部分あるとすると、そのフロンティアという部分をアピールする形で、日本人もそうなのだけれど外国人を含めて人を呼び込むような可能性がありえるのではないかなと思っています。
 まだ私は勉強不足なので地域経済研究センターというところで、いろいろ共同プロジェクトをやりながら今後いろいろ提言させていただきたいと思っています。
 私がこちらでビジネスをするわけではないので、実際にビジネスされている皆さんからいろいろなお話をお伺いしたり、逆に「こういうことを調べてほしい」と、「実際にビジネスをしているけど大学にこういうことをしてもらうと助かる」などのお話をお伺いできると、それを踏まえてわれわれの研究スタッフでサポート採用させていただければと思っています。これからもいろいろとお声がけいただければと思います。
今日はどうもありがとうございました。
会長謝辞 脇 弘幸 会長
 中村先生、本当に貴重なお話、大変ありがとうございました。私もこの釧路で生まれて、釧路で育って、釧路で今仕事をさせていただいて、このロータリークラブで活動させていただいているところでございます。この釧路が大好きですし、どこかで可能性というものをしっかり見つけて伸ばしていかなければならない。当然のことですが、先生のお話の中で、ひとつ気になるのは人口の減少というのは気になる部分ではありますけれども、その中でも街の中で飲食店というものがまだ魅力がある、そして今年のように暑い、40度近い夏ですと「釧路で良かったな」とつくづく思うわけでございます。
 今日、ご来訪いただきました澤田さんのように長期滞在という方が今、増えています。もっともっと受け入れて、その街の中に活気が作ることができればと、そんなことを感じながら先生のお話を聞かせていただきました。
 本日は貴重なお話、大変ありがとうございました。


閉会・点鐘
その他の報告
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お名前(敬称略)内     容
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高橋 徹次今年も自転車で自宅阿寒湖畔155km日帰り往復できました。あと家内と初斜里岳登ってきました。健康に感謝です。
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今年度累計 135,000円