2005〜2006年度 第36回(通算2924回) 例会報告
2006.03.28
会長 石田 博司   幹事 武石 光樹   広報・会報委員長  五明正吉
会長の時間

 会 長  石 田 博 司 君

             

5月にございます。我がクラブも70周年を見据えてという事で、吉田実行委員長が参加を呼びかけていらっしゃいます。目標20名くらいで参加したいという事で、どうぞご参加を頂きますようよろしくお願い致します。別海ロータリークラブは小船井さんがガバナーの時に8分区としてガバナー補佐をお出し頂いたクラブでもありますので、その様な意味の義理もあります。ですから20名で行きたいと思っておりますので、どうぞ御協力頂ければ幸いに存じます。 なまずの話なのですけれども、なまずを水槽に飼って小魚を入れますと、なまずは餌としてその小魚を食べるのです。それを数日間しておいて今度はその水槽にガラスのしきりを入れて小魚となまずを分けると、なまずはそのガラスの仕切り板に向かって小魚を食べようとぶつかっていくのですが、しまいにはあきらめます。あきらめたところでガラスの板を取ると、ガラスの板が無いのにもかかわらず、なまずはもう小魚を食べようとしない。蚤をガラス瓶に入れ、上に蓋をしていると、最初のうちはぽんぽんと蓋にぶつかっているのですけれども、しまいにはあきらめてしまう。そうすると蓋を開けても蚤はそれまで自分の数十倍の高さを飛ぶ力があるのにもかかわらず、もう瓶の外に出ようとはしない。 似たような話でもうひとつですけれども、象は子象の時から鎖でつないでおくと大人になってその鎖と杭を引きちぎる力があるのにもかかわらず、子象の時のままの鎖の太さと杭でおとなしくしているそうです。 これは固定観念の労という話だったと思うのですけれども、我々人間にもその様な固定観念で自分を締め付けてはいないだろうか。失敗の体験が自分を萎縮させてしまったりしていないだろうかという、ある方のお話しだったと思います。確かに常識にとらわれてみたりもします。あるいは自分の意見に固執するという固定観念で、それが故に人の意見を受け入れられずに喧嘩になったりします。「俺が正しい」という様に向こうは向こうで、女房なのですけれども、「私の方が正しい」としょっちゅう喧嘩するのもやはり自分というものにとらわれているからなのだろうと思います。成長するという事はその様な自分の固定観念から自分が解き放たれていく作業でもあるのかという様に思います。人は誰か人よりも素晴らしい必要は無いけれど、過去の自分よりは絶対に素晴らしくなくてはいけないと私は常々思うのです。奥目もなく申し上げますと、僕は「誰よりも素晴らしい必要は無いけれども5年前、10年前の自分よりも成長したという様に思っていたい」と思っているのです。これは本人が思っているだけで、皆様から見たらだから何だという話かもしれません。何も変わっていないのではないかと思われるでしょうけれども、思うだけは思っております。その自分を成長させるエネルギーというのは、自他、自分の中の固定観念、あるいは相手に対する決めつける固定観念、色々な価値観に縛られるものから解き放たれていくものではないかと思います。もうあと僅かの会長任期でもうのびのびしておりますけれど、会長をさせて頂いて随分勉強になったこの10ヶ月ばかりでありました。ありがとうございました。

会長の時間
 1. 釧路西RC  3/27(月)  夜間例会「夫人同伴例会」  全日空ホテル    18:00〜
 2 釧路東RC  3/28(火)  夜間例会             シーサイドホテル  18:00〜
 3.釧路北RC  3/29(水)  夜間例会「フォーラム(IMを終えて)」 プリンスホテル 18:30〜
会長の時間
 「 少年鑑別所の実情」
釧路少年鑑別所 所長 市川 守 氏

 釧路少年鑑別所
 所長
 市 川  守 氏


皆さんこんにちは。初めまして。只今ご紹介にあずかりました、釧路少年鑑別所の市川と申します。どうぞよろしくお願い致します。本日はこの様な席にお招き頂きまして、誠にありがとうございます。一応30分くらいという事でお話しを頂いておりますので、釧路少年鑑別所の現在おかれている現状と課題という様なタイトルでお話しをさせて頂きたいと思います。

 まず始めに簡単に自己紹介をさせて頂きますと、私は平成15年に初めて釧路にやって参りました。元々の出身は東京でございまして、東京で生まれ育ちまして、就職した後も大体20年くらい東京近辺で勤務をして参りまして、今まで住んだ最も北というのは茨城県の水戸市でございます。それ以上北には住んだ事が無いという様な状況でございましたが、ある日釧路に転勤という話がございまして、私としては大変に驚きまして少し大げさかもしれませんけれども、生まれてから人生色々な節目がございますが、学校に入学したり、就職したり、結婚したりと、それに匹敵するくらいのインパクトがある事で、おそらく後は葬式くらいしか残っていないのではないかと思っていましたところ、釧路に行きなさいという様な命を受けまして、一度も来たことが無い、誰も知っている人がいないという様なところで生まれ変わったつもりで着任したというところでございます。当初は少し観光気分で参った訳ですが、1年、2年と年月が流れまして道東地区の雄大な自然やあるいは新鮮でおいしい食べ物などを色々と味わさせて頂きまして、おかげさまで今ではすっかり釧路のファンになっております。この転勤を機会に東京などから親類やあるいは友達など、大勢釧路に呼び寄せまして、この前その人数を数えてみましたところプライベートで、自分のお金でおいで頂いた友達、延べ20名になりました。一番多い人で東京から4回、もうすでにおいでになっている友達もいます。そうこうするうちに私自身がいつの間にか釧路人といいますか、その様な意識になってきたところでございます。趣味でゴルフなどもするのですけれども、ラウンド中にエゾシカやキタキツネ、ウサギとかその様な動物たちと会って喜んでいましたところ、昨年は丹頂にも出会いまして、おそらく世界のゴルフ場で丹頂に会えるのは釧路だけではないかと思いまして大変感激致しました。それからこれからシーズンを迎えます、昨年春に山菜採りも初めて連れて行って頂きまして、行者ニンニクやコゴミ、三つ葉やワラビ、蕗などを採って、自分でめんつゆ漬けにして食べてみたり、あるいは渓流釣り、イワナやヤマメ、ウグイなどの釣りなども体験させて頂いて、それからキャンプをしたり、釧路川のカヌーも3回ほど乗せて頂きまして、本当に釧路でしか味わえない様な素晴らしい体験をさせて頂いております。この様な話ばかりしていますと、釧路に来てから全然仕事をしていないのではないかと言われてしまいそうですけれども、自己紹介はこれくらいに致しまして、そろそろ本題の方に移っていきたいと思います。こんなに恵まれた自然環境で育った子供達というのは、きっとスケールが大きい豊かな心が育つのではないかと感じているところでございます。

 まずそれでは私の勤務している釧路少年鑑別所についてのご説明をさせて頂きます。

 そもそも少年鑑別所というのは法務省の付属機関でございまして現在の少年法、少年院法という法律が施行された事を契機に、一斉に昭和24年に設置された機関という事になります。道内には札幌、函館、旭川、釧路の4ヶ所ございます。これは道内に家庭裁判所が4ヶ所ございまして、それに対応して設置されたという経緯がございます。釧路の少年鑑別所の場合、その管轄面積は北海道のほぼ東半分という事でございます。面積は約28,000平方キロメートルという事で、広さとしては日本一の広さという事になっております。そして開設当初の昭和24年、この当時は釧路市の宮本、現在釧路刑務所というのがございますが、そこが当時は網走刑務所釧路刑務支所と呼ばれていまして、その敷地の一角をお借りして開場したというのが起源となっております。そして1年後の昭和25年に現在の釧路市弥生というところでございますが、これは一昨年に廃校になりました旧弥生中学、この中学校のちょうど向かい側にございます。現在鑑別所のある弥生の土地は、当時は北海道拓殖銀行の用地であったという事ですが、そちらを買収して建設したという記録が残っております。そして昭和49年に一度全面改築を行っておりまして、それが現在の建物でございまして二代目の庁舎となります。それもすでに33年が経過して大分古くなってきております。そして釧路少年鑑別所が非常に多忙を極めた時代というのがございまして、それは昭和50年代でございます。当時全国的に戦後非行の第3のピークと呼ばれていた時代でございまして、例えば校内暴力や暴走族、家庭内暴力、そういった非行が全国的に吹き荒れていた時代でございまして、釧路においてもその非行少年が大変に増えまして、当時の収容定員が少年19名の定員だったのですが、その19名の定員のところに40名以上の少年が入るという事で、廊下に布団を敷き詰めても少年を寝かすのがやっとという厳しい時代があった様でございます。そして昭和62年に大規模な庁舎の増設工事を行いまして、収容定員を19名から40名に、2倍以上に増やしております。その結果、釧路の少年鑑別所は北海道、東北を含む、北日本では札幌に次ぐ2番目の収容規模という大きな鑑別所になりまして、現在でも函館や旭川の2倍、仙台や福島、新潟、前橋よりも大きい施設という事になっております。ただ鑑別所の場合は大きいという事が必ずしも自慢になる様な事はございませんで、むしろ色々と問題があって大きいという様な事もありますので、世間一般にみればむしろ小さい方が歓迎されるという様なところがある様に思います。少年鑑別所に入ってくる少年というのは20歳未満の未成年でございまして、その中で罪を犯した、あるいは将来罪を犯す可能性の強い、その様な少年達でございます。職員は大学で心理学や教育学を専攻した職員が、ひとりひとり少年に面接をしたり、指導したりして、そしてその少年の能力や適正などを調査してどうして非行を犯す事になってしまったのか、あるいは今後どうすれば立ち直ることが出来るのかという事を鑑別するというのが我々の任務という事になっております。その鑑別した結果というのが家庭裁判所で少年を処分する際に裁判官に活用して頂く、あるいは処分をした後に少年の更生の為に各機関で色々と活用して頂くという関係になっております。鑑別所と似たような組織に少年院というのがございますけれども、こちらも法務省の機関なのですが、少年院の場合は家庭裁判所で少年院送致という処分が下った後に、その少年に矯正教育を施す機関という事で、鑑別所の場合は処分前の調査機関という事になりまして、少年院の場合は処分後の教育機関という事で若干の違いがございます。また法務省には保護観察所という機関も別にございまして、少年の場合はほとんどの場合が少年院に送られず、家に帰る処分を選択される事が多いのですけれども、その様な場合、家に帰った後も社会生活を送る中で民間のボランティアである保護司さんという方に指導を受ける形になります。もしかしたら今日お集まりのメンバーの中に保護司さんになって頂いている方もいらっしゃるかもしれませんけれども、保護観察所という機関は保護観察処分という事で家に帰った少年達を保護司さんに指導して頂くという事を色々とお願いする機関という様な違いがございます。

 そこで今日は配付資料に鑑別所のしおりと、それから鑑別統計という2つの資料を用意させて頂きました。この鑑別統計というのは昨年1年間に釧路少年鑑別所に入った少年達の特徴をグラフ化したものでございますので、それに沿って簡単にご紹介をしてみたいと思います。その1ページ目をめくって頂きますと収容状況という図表が出て参ります。平成17年の入所人員は99名という事でございます。過去20年間のグラフになっておりまして、20年前の昭和61年は321名おりまして、当時と比べて3分の1以下に減少しているというところでございます。あとこのグラフには全国の少年鑑別所の入所人員も併せて記載しておりますけれども、全国の鑑別所の場合平成17年の入所人員が19,629名とこの20年間大体20,000人前後で推移しておりまして、横ばいと申しますかその様な状況なのですけれども、釧路の場合は大幅に減少しているという事で大変結構な事ではないかと思っております。

 続きまして2ページ目に対象事由別人員というのがございます。これは男女別のグラフになっておりますけれども、この中で最も多いのは先程ご説明致しました保護観察という処分でございまして、大体男女とも4割以上がその保護観察という事になります。その次に多いのが少年院送致という処分でございまして、少年院にも中等少年院や特別少年院など色々な種別があるのですけれども、それらを合わせますと男女とも大体2割から3割の子が少年院に送られているというところでございます。

 続きまして3ページ目でございます。本件の非行の内容でございます。最も多いのは窃盗でございます。これは自動車窃盗や店舗荒らし、ひったくりなどが主な物となりまして、その次に多いのが男の子の場合は強盗や傷害、その様な粗暴犯でございます。昨年はおれおれ詐欺の共犯少年というのも当所に入所しております。一方女子については窃盗が一番多いのですが、それと同じ様に虞犯というのも数が多いという事になります。虞犯というのは聞き慣れない言葉なのですが、これは犯罪ではないのですが将来犯罪に至る危険性が高い行為を総称して虞犯と呼んでおります。ほとんどは家出をしたり、あるいは不純異性交遊、売春などをしたり、その様な場合の事を指して虞犯と呼んでおります。

 続きまして4ページ目に入所時の年齢というのがございます。最も多いのが10代の後半、ハイティーンの少年になりますけれども、こちら実は警察の補導人員で統計を取りますと、大体多いのが14歳から15歳、中学3年生から高校1年生くらいの年齢が、通常最も多くなるのですけれども、鑑別所の場合は初めて万引きをしたり、初めて自転車を盗んだというぐらいではいきなり入れるところではございませんので、何回も補導されてそれでもまた事件を繰り返し捕まってくる様な場合、例えば例として適当ではないかもしれませんが、確率的に言えば東大に入るよりも難しい、そのくらいのエリートになって初めて入ってくるというところでございまして、そうこうするうちに年齢も警察で補導される年齢よりも高くなってくるという事によるものでございます。

 続きまして5ページ目でございます。学歴というところでございますけれども、ほとんどが高校中退者でございまして、あとは中学卒業者という順になっておりまして、高校卒業以上の者というのはごく僅かでございます。最近非行の低年齢化や小学生による凶悪事件などというのもマスコミ報道されておりますけれども、最近国会でも少年法の改正という事で、年齢が低い子でも刑務所に入れられる様にとか少年院に入れられる様にと検討されておりますけれども、私が釧路におります3年間の間に、この釧路では14歳未満の燃焼の児童による凶悪事件というのは1件もございませんでした。

 続きまして最後のページ6ページでございますけれども、保護者の状況でございます。保護者が実父母の割合というのは男女とも50%以下という数字になっております。次いで多いのが母子家庭という様な事でございまして、特に女子の場合は母子家庭が多いという特徴がございます。私、釧路に参りまして、これまで勤務した他の少年鑑別所との大きな違いをひとつ感じましたのは、ひとつは女子少年の割合が多いという事でございます。そしてもうひとつは少年達の家庭環境が非常に複雑な少年が多いという事でございます。大体全国で統計を取りますと、全体の入所者に占める女子少年の割合というのは大体1割から1割5分くらいが相場で出てくるのですけれども、釧路の場合、昨年はそれほど多く無かったのですが大体例年20%を越える数の女子少年が入ってくる。大体全国の2倍くらいの割合で入ってくるという特徴がございます。あともうひとつが保護者の状況ですけれども、実父母が保護者の割合というのが全国で統計を取りますと大体6割くらいはその様な内容が多いのですけれども、釧路で統計を取りますとこれが4割くらいで少ない。特に女子少年の場合はその家庭環境が非常に複雑で、その家になかなかじっとしていられなくて家出をしてしまったり、その中で売春をしてしまったり、その様なケースが多いという事でございますので、特に釧路においてはその様な点に焦点を絞った非行対策に取り組んでいくことが重要なのではないかという様に思っております。ただ、実は北海道に唯一、女子少年院というのが千歳にございます。紫明女子学院という名前なのですけれども、先日そちらの方に出張して参りましたところ、そこの院長さんは女性の方なのですがご説明頂いて、北海道の女子少年院に入ってくる女子少年というのはやはり釧路の鑑別所と同じように虞犯の少年、家庭環境の複雑な少年が多いという特徴があるという様におっしゃっておりましたけれども、ただ再入少年、少年院に2回も3回も入ってくる、その様な少年というのは全体の1割にも満たないという事で、女子少年院の場合男子少年に比べて少年院でしっかりと教育した後はきちんと社会に更正していく者が多いとおっしゃっていました。従いまして女子少年の場合は特に周りの人が愛情を持ってしっかりと受け止めてあげるという事によってうまく育っていく、その様な可能性が十分残っているのではないかと感じたところでございます。

 あとは先程野村支店長さんの方から釧路少年鑑別所の後援会の事について少しお話し頂きましたので、ご説明をさせて頂きたいと思います。実は先程もご紹介がありました様に全国で52庁の少年鑑別所があるのですけれども、その中で後援会という組織があるのはおそらく他に例がございませんで、釧路だけではないかという様に思います。この後援会というのは昭和52年に当時釧路市議を勤めておられた張江大策氏が初代会長として130人ほどの会員で結成されたという経緯がございます。現在はそのご子息でいらっしゃいます張江悌治氏が会長を引き継がれておりまして、会員数は約350名ほどに増えております。副会長には今の道議をされている蝦名大也氏、あるいは宮脇土建の濁沼会長さんなどに務めて頂いているところでございます。

 少年鑑別所というのは国の機関でございますので、少年の着る服や靴、布団やパジャマ、その様なものは全て国の予算で最低限の水準で手当されているのですけれども、現実にはそれだけでは少しみずぼらしいといいますか、十分ではないところがございまして、当所後援会の張江さんの口癖に「粗末な扱いをされると子供達はますますいじける」という様な事をよくおっしゃるのですけれども、後援会から先程野村支店長さんからご紹介にあがりました様に少年の生活用品や図書、ビデオなどをご寄贈頂きまして、そうしたご支援、ご協力のお陰で釧路少年鑑別所の少年達の環境というのは非常に良くなりまして、落ち着いた環境の中で自分自身を見つめたり、その犯した罪を振り返るという様な事も出来る理想的な施設運営が出来て大変に感謝しているところであります。

 また当所では外部から講師を招いて少年達に色々な講話をして頂く機会がございます。例えば鶴自然公園の名誉園長でいらっしゃる高橋良治さんや、オリンピックの解説で先月までトリノに行っておられたプリンスホテルの白幡 圭史さん、あるいは阿寒の鶴雅でアイヌの語り部をされていらっしゃる千家盛雄さん、各方面で活躍されている方々にわざわざ鑑別所までおいで頂いて、貴重なお話しをして頂いております。あとは例年、社会を明るくする運動というものがあるのですけれども、市長さんに釧路地区の実行委員長をして頂いておりますけれども、当所では1日所長という行事を毎年行っておりまして、一昨年オリンピックのスケートで活躍された三宮恵利子さんに1日所長になって頂いて、少年達に色々な講話をして頂いたり、指導して頂いたり致しましたし、先程、私が食事している時に石田会長さんも10年くらい前にお話しを頂いたという事で大変ありがとうございました。

昨年は釧路少年鑑別所の市民施設見学会というのを初めて開催しまして、60名ほどの一般の方に施設の中を参観して頂きました。大変好評で、今年も7月にまたしようという事で予定しております。こうした行事の際は釧路新聞社や道新、NHKの記者の方にもおいで頂いて、それをニュースや記事などにして頂きまして、これほど地域社会に支えて頂いている少年鑑別所というのは本当に他には無いのではないかと大変ありがたく思っております。鑑別所といいますと塀や鉄格子に囲まれて、とかく一般の社会から隔絶されたイメージというのをもたれがちですけれども、少年非行というのは社会の中で起こっている事でございますし、入ってくる少年達も2、3日前までは学校に行ったり、街を歩いたりして社会で生活をしてきた訳でございます。私達の業務自体も入ってくる少年達を相手にするだけでは無く、今日配布したパンフレットにもありますけれども、パンフレットの後ろの方に一般相談のご案内という紹介がございますけれども、青少年相談という窓口がございまして、その悩み事の一般の方々からの受付をしております。釧路では私共のような公的な機関ばかりではなく、市民ボランティアの多くの方々が相談員として活躍されているという事も存じておりますけれども、釧路の鑑別所としても今後はその様な地域の方々との交流や連携を密にして、さらに力を合わせて青少年の育成に力を尽くしていきたいと思っております。

最後になりますけれども、実は私、この4月に転勤の内命を受けておりまして、4月から岐阜の方に赴任する事になっております。後任には東京から小林という者がまた来て引き継ぐ予定になっております。釧路、気候的にはとても寒いところでしたけれども、温かい人情に触れまして、とても楽しくすごさせて頂きまして、大変釧路の皆様に感謝をしております。そして最後にこの様な釧路を代表するメンバーの方々の前でお話しをさせて頂く機会を設けて下さいました日銀の野村支店長さんをはじめ、ロータリークラブの関係者の皆様に厚く御礼を申し上げまして、私の本日のお話しとさせて頂きます。どうもありがとうございました。


会長の時間
3 月 30 日(木) 新入会員卓話「鳥取地域の歴史について」 
木 下 正 明 会員

会長の時間 会長の時間
本日合計 本年度累計
17,000 円 1,318,000円
日時 会員数 出席率
 3月16日 98名 45.6%