2004〜2005年度 第46回(通算2886回) 例会報告

2005. 6. 16


会長 久島 貞一・幹事 浅野  洋

広報・会報委員長 西村 智久




  久島 貞一 会長


皆さんこんにちは。両角会員、長い間本当にありがとうございました。退会をなされてもこれからも益々ご活躍されることを祈念致したいと思います。本当にどうもありがとうございました。
先日のクラブアッセンブリー、石田次期会長のクラブアッセンブリーですけれども、出席する事ができず、本当に申し訳ない気持ちで一杯です。その代わりと言っては何なのですけれども、インターネットの方でホームページをゆっくりと読ませて頂いて勉強して参りましたので来年もまたよろしくお願いしたいと思います。釧路もようやく温かくなってきて、少しは夏を感じる様になってきたのですけれども、皆さんにお世話になっていた風花ちゃんがこの度タイの方に帰る事になりまして、6月18日10時半の飛行機でタイの方に帰る事になりました。今はもう荷物もみな送り終わって同級生達と楽しい時間を過ごしながら帰国を待っている様ですけれども、無事成田まで安心できる様に送り届けたいと思っております。
あと私の任期も今日を含めて残り3回という事になりましたけれども、皆さんのおかげでたいが無くここまで来ましたのであと3回、気を引き締めて努めたいと思います。どうもありがとうございます。











1)  釧路北RC  6/22(水) 「キャンドルナイト・100%例会」  プリンスホテル  18:30〜   
2)  ガバナー月信 12号到着


                  「 一年を振り返って」
                          



浅川 了一 職業奉仕委員長

今年度職業奉仕委員長を務めさせて頂きました浅川でございます。その前に両角さん、長い間お世話になりました。ご指導ありがとうございました。両角さんがガバナーノミニーになられる時に、その為の組閣を準備した時に、その末端の方に私もいた様な気が致します。
職業奉仕委員会、最初委員長を羽生副会長と浅野幹事に指名されましたけれども、もっと若い方がたくさんいらっしゃるのですから行動力の良い方にお願いして下さいと言って辞退したのですけれども、久島会長のひと言、「年寄りも1人くらいいないとバランスが取れないのです。」と言われたのでお引き受け致しました。
この委員会、2つの委員会になっておりまして、就職指導委員会と職業情報委員会でございます。就職指導委員会の方は井上委員長が担当してくれまして、高校生の就職指導という事で武修館高校に10月8日に自ら行きまして講演されております。それからもう一つ職業奉仕月間というのですか、10月21日だと思いますけれども、北海道教育庁の釧路教育局簑島主査という方にお出で頂きまして、例会で高校生の現状という様な事でお話しを頂いております。
それからもう一つの委員会、職業情報委員会の方は中村正嗣委員長が担当致しておりまして、つい先月5月19日に日本製紙の火力発電所を見学させて頂くという事で取り決めましたけれども工場長自ら出席をされまして、製紙工場の方からご案内頂きまして製紙工場もじっくり見させて頂いて、そして火力発電所の方を見させて頂きました。この2つの委員会で当初掲げた計画、全て実施致しました。皆様のおかげで何とか1年間、無事に努めさせて頂きました。ありがとうございました。


武石 光樹 国際奉仕委員長

こんにちは。国際奉仕委員会、委員長の武石でございます。まず国際青少年交換委員会の方からの1年間を振り返ってという事で、まだ先程久島会長の方から18日に風花が帰国するという事で、まず今年のプログラムは1回終了出来ます。まず国際奉仕、青少年交換というのは、私も昨年青少年交換委員長をさせて頂きまして、今年度は去年私のところで副委員長をして頂きました梁瀬さんに今年度は委員長を引き受けてもらいました。この流れというのは前にも何度か説明させて頂いた通り、ここ数年釧路クラブは複数の交換留学生を預かるという事業をさせて頂きまして、それでこの事業は送り出す方と受け入れる方とロータリー年度がまたがって手続き等をしていかなくてはならないという委員会ですから、何とか経験のある、ある程度理解してそのシステムが分かっている方にこの青少年交換委員をして頂かないと、なかなかまた1からやり直すというのは大変な事であります。これはもともとは中井さんがずっと構築をして頂きまして、この仕組みを何とか今も継続しております。次年度も今年度副委員長の白崎さんが委員長を引き受けて頂きまして、またその流れの中を進んでいけるのかと思います。
本当に去年7月に今年度をスタートしまして、最初にまず送り出す方の井上紗葉璃さんのビザを発行して頂くのに、これも1つ問題が出てきました。今までは札幌の領事館でビザの審査を出来たのですが昨年からアメリカのテロ以降、東京まで行って審査を受けてその学生の修学ビザを受け取らなければならないと、わざわざ東京まで行ってという部分で少し私も手間取りました。今まではその様な事は無かったのですけれども、その後8月になりましていよいよアメリカからアンドリューが来るという事で、これも今回は1年間3家族にホームステイ受け入れ、ホストファミリーを受け入れてくれました。何とかこの受け入れの仕組みの中で、何とか1年間、子供を預かるホストファミリーを捜す事が出来ました。これも委員会にとっては大変苦労をして頂いたと思います。またホストファミリーが変わる事に引っ越しもさせなくてはならない、結構な荷物になります。この辺の苦労も、それから何度も言っています通り最初に外国人登録をして、健康保険に入って、学校に行って、制服を作ってと、結構青少年委員会に負担は掛かってきております。その辺委員長、副委員長にかなり負担が掛かってきます。また青少年交換と言いましても地区があり、分区があり、釧路クラブがありと、またその第7分区、本来は地区の方で韓国の青少年交換、短期の事業も第7分区の方に回ってきまして、昨年の8月にまた受け入れをさせて、またこれも委員会の方の事業になりました。また今年度といいますか次年度なのですが、8月にもまた韓国から子供達が18名来るという事で、また釧路クラブにも何名かのホストのご依頼も来ていますし、皆様方にまたご案内をさせて頂くと思います。それやこれやで結構1年間、何とか青少年交換、風花の帰国でひと区切りがつけられるようです。また来年も継続する事業でありますし、今年度サイクルの方、皆様方の協力よろしくお願い致します。
続きましてロータリー財団の方なのですがこれは稲澤委員長の方、また米山の青田委員長の方、協力しながらいわゆるRI、または日本の米山の寄付集めという形でして頂きまして誠にありがとうございました。ロータリー財団の方なのですが、釧路クラブの推薦と致しまして、ロータリー奨学生という形で「間々下(まました)君」を推薦する事が出来ました。おそらく秋に大学が決まりましたらそちらの方で2年間、複数年という形での派遣になると思います。それと財団の方なのですが、ロータリー財団の方にポリオ撲滅という事で清水会員より1万ドルのご寄付を贈らせて頂いております。ありがとうございました。また次年度も財団の方、地区の方からの、地区と言いますかRIの方からの要請もあります。それで皆様方にはまたご寄付の方、分担金の方としてよろしくお願いいたします。簡単で5分余りましたけれども、以上で国際奉仕の1年間を振り返ってという事で終わらせて頂きます。ありがとうございました。


 退会挨拶


両角 靖二 会員

私が入会したのは顧みますと昭和42年でございまして、村上敬会員と2人でここの会員にさせて頂きました。現在まで年数を数えると37年、ロータリーには色々な思い出もございます。来年が会の創立70年でございますが、偶々私の会社が昭和11年で一緒に70年になるのです。何をどの様にそれを祝おうかと考えている訳でございますが、その初代のロータリークラブの幹事をしていたのが両角克治という私の父でございまして創立以来5年間幹事をしておりまして、当時私はまだ幼稚園の園児でございましたけれども、何かロータリーのマークを一生懸命看板屋さんに書いてもらうのに一生懸命指導していたのを覚えておりまして、なかなか格好の良いマークだという様に子供心にも感じていた訳でございます様にロータリーは小さい時から、何も分からないけれどもクリスマスになると家族会というのを、当時戦前にもありまして、おいしい物を食べさせてくれるところだと思っていました。
入会しまして昭和58年に会長を仰せ使い、昭和62年に富良野の地区協議会でガバナーノミニーに指名されましてお受けした訳でございますが、長生きしていると人生には色々な事がある訳で、富良野から帰ってきましたら女房が肝臓癌でカルチノイドというなかなかもう直らない癌で、1年くらいしか持たないと言われまして非常にショックを受けた思い出もございます。それでガバナーになって60のクラブを公式訪問して、それから女房の方をどうするかと色々悩みましたけれども、私の次に黒田一秀という旭川医大の学長がなる事になっておりましたので、黒田さんに相談しましたらそれはもう女房の方を大事にした方がいい、1年早めてするからという様なお話しで、やはりロータリアンというのはありがたい友情だとお受けした次第でございまして、ロータリーはそれからその様な事ですっかり落ちこぼれになりまして、皆さんとも会う機会が非常に少なくなりました。
 後半は商工会議所の会頭職を不況の真っ只中でなかなか先が見えない様な状態でお受けしたのは良いのですが、ビジネスと政治というのは別の世界でビジネスの事だけを出来れば何とか勤まるかと思いましたけれども、やはり政治があって初めてビジネスも成り立つという、特に地方には多ございまして、その様な陳情活動などによく付いていったものでございますけれども、その様な中で色々勉強させてもらった次第でございます。それで10年間、出席免除会員を良い事にして今日まで休ませて昼飯も食べないで欠席していた訳でございまして、本当に皆さん申し訳ございません。これから来年の70周年という事を祝いながら、考えながら過ごしたいと思いますけれども、私共も手帳を見てスケジュール表が満杯になっている事をいやいや忙しい、忙しいといつも会頭時代は思っておりましたけれども、その様な事も一服しますと人間こうただガタガタとして、果たして私は何をしたのだろうという様な思いも致します。その様な事でこれからも会社の方は第二の創業という事で天然ガス化という大きな課題がございまして、2010年までにあと5年間掛かって相当の投資をしながら完成しなければならないので会社の事はまだ今しばらくおりますけれども、どうぞ浪花町のガスタンクの前にいらしたら、どうぞいらして何か色々、また街の話など伺えればこれ幸甚でございます。本当に皆さん長い間ありがとうございました。



 シカゴ国際大会へ向けて


清水 幸彦会員

 シカゴへ行って参ります。100周年でございます。2510地区と2500地区と両方でツアーを作りました。それで2500地区の方からは45名行きます。2510地区の方からは55名、北海道ナイトというのをするのですけれども、102名登録になっていましてにぎやかにします。色々なイベントがございます。各ロータリークラブにレターヘッドを付けて100年後の夢を語るというのを出した。それをタイムカプセルに詰めまして、これから100年経った時に開けてみようという事でございます。どの様な事になっているか分かりませんけれども、かつてロータリーが21世紀まで生き延びる事が出来るかと、この様な論があった事もございました。しかし確実に21世紀まで生きております。次の100年も何とかしようという事にしています。それで私は25年前の75周年の時にもシカゴに行っておりますので、今度がシカゴの大会2回目という事です。ミシガン通りのところでマラソンがあったり、パレードをしたり、色々と面白い事がございます。私は明日行って5泊だけシカゴにいまして帰って参ります。という事で皆さんを代表して行って参ります。




新 入 会 員 紹 介
氏 名 安藤 正治 只今ご紹介頂きましたNHK釧路放送局の安藤でございます。伝統ある釧路ロータリークラブに入会させて頂き、大変ありがとうございます。ご紹介にもありました様に3回目の釧路でございます。来るにあたって、何とか釧路の街を元気にするお手伝いが出来れば良いと思いつつ来ましたので今後ともよろしくお願い致します。
会 社      NHK釧路放送局  
職業分類 全国放送
推薦者 山下義則  野村幸男
所属委員会 親睦活動委員会


 

       6月23日 「一年を振り返って」 会長・副会長・幹事  
    
                 


両角 靖二 本当にお世話になりました。
一條 昌幸 二年間のお世話に感謝。
青木 一晃 はしご酒の実行委員長をします。券買ってね

本日合計 本年度累計
38,000円 2,000,190円


日時 会員数 出席率
6月9日 100名 94.5%